いわくらりゅうえいほう
岩倉流泳法
- 和歌山県
- 8月

岩倉流泳法は、宝永7年(1710)に、紀州藩5代藩主の徳川吉宗が家臣の岩倉重昌に藩の「諸士水芸指南」を命じたのを契機にして創流された遊泳術。8代将軍吉宗の時、重昌の門弟吉田丹治、田原唯七等が、江戸深川越中島の水練所で諸藩士に水芸を指南した。
泳法は「平泳(ひらおよぎ)」、「立泳(たちおよぎ)」、「水入(すいり)」を基本に「抜手(ぬきて)」、「鯱泳(しゃちおよぎ)」などの水上術や、「鰡飛(いなとび)」などの跳飛術を特技とする。また、大旗を先頭に甲冑武者、刀、弓、槍、鉄砲などを持った者が行列して泳ぐ「御旗奉行(おんはたぶぎょう)」等の団体泳法もある。
武芸の一つとして発展した古式泳法で、甲冑や刀・槍・鉄砲などを持った者が行列して泳ぐ団体泳法がある。