伝統行事等詳細

おっかわさいれい(おっかわまつり)
乙川祭礼(乙川祭)

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行事内容

乙川八幡社の例大祭で、山車4輌(浅井山、殿海道山、南山、西山)が曳き出されます。神輿に乗った乙川八幡社の祭神が御旅所である若宮社へお渡り(渡御)し、翌日お還り(還御)される際、警固として、すなわち祭神をお護りするために山車が神輿行列にお供します。乙川八幡社に残されている宝暦5年(1755)の「乙川八幡社祭礼絵図」は当時の神輿渡御と山車4輌の風景が描かれ、現在の乙川祭礼が古来より変わらない形式で受け継がれてきたことがわかります。
祭礼の起源は不詳ですが、山車の存在は古文書により宝暦2年(1752)まで遡ります。伝承によると、慶長15年(1610)から始められた名古屋城築城の石垣普請に際して、乙川村を流れる浅井川から掘り出された大石を台車に載せて名古屋まで運んだのが山車の起源とされています。
春の彼岸の頃に執り行われる祭礼は、知多半島で最も早い春祭りであり、祭りを待ちわびた観客で大いに賑わいます。
なお、乙川祭礼と山車4輌は、それぞれ半田市の無形民俗文化財と有形民俗文化財に指定されています。

行事の見どころ

【木彫刻と錺金具】
乙川の山車は知多型(半田型)の山車の中では大型で、江戸末期の諏訪の立川一門、明治期以降の地元半田の彫常一門など、各時代の名匠が手掛けた精緻な木彫刻で埋め尽くされています。また、かつての漆塗り時代の山車から継承した錺金具(かざりかなぐ)も豊富に飾られ、豪華さを醸し出しています。

【からくり人形】
宝暦5年(1755)の「乙川八幡社祭礼絵図」では山車4輌それぞれに上山からくり人形が描かれています。明治期に人形上演が中断しましたが、平成期以降、4輌のうち浅井山(小烏丸 夢之助太刀)と南山(役小角大峯桜)がからくり人形を復活させ、祭礼にて披露しています。

【山車の坂上げ、坂下ろし】
乙川八幡社の境内手前は急坂となっており、宮入り、宮下がりにおける山車の坂上げ、坂下ろしは大きな技量が要求されます。大きな山車が揺れながら坂を駆け上り、下る様は勇壮そのもので、見ごたえ十分です。

周辺地図

例年の実施日
3月中下旬の土日
令和6年度の実施日
令和7年3月15日、16日
令和7年度の実施日
令和8年3月21日、22日(予定)
補足事項
開催場所
乙川八幡社(愛知県半田市乙川殿町97番地)及び、若宮社(同市乙川若宮町66番地)周辺
交通アクセス
JR武豊線「乙川」駅下車 徒歩7分
お問い合わせ先
半田市立博物館
0569237173
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